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  • 2013.03.24 Sunday

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    「たたり神」

    • 2013.03.24 Sunday
    • 00:38
     

    3月11日12日と「福島スタデイツアー」をやりました。
    福島のいまをあるがまま見ていただくツアーです。
    参加された兵庫の後藤由美子さんが感想を寄せてくださいました。
    その文章の一部と、私の詩「たたり神」を紹介します。

     

     
    「あれは、世界中が見なければならない」    後藤由美子

     

    今回、何よりも私の胸を打ったのは、三段に積まれて寄せ集められ、
    その上から大きな真っ黒のビニールカバーをかけられたあの仮置き場の
    『モニュメント』でした。

    それはまさしく命が削られ閉じ込められたもの。

    人々の暮らし、親しい生活の中にあった、花、草、野菜、虫、もぐら、ミミズ、種、卵、微生物・・・生き物たちはなぜあんなところに閉じ込められ、ものすごい放射線を浴びながらまだそこで呻いている?
    生活の中にあった最も親しいものたちが、真っ黒の巨大な異様な固まりになって
    増殖していく。
    ー略ー 
    あれは日本中の人達、世界中の人達が見なければならないものだと思います。
    ー略ー 
    私たち人間の間違いをこれほど如実に、象徴的に現したものはほかにないと思いました。

    祈られています。

    いのちの方から

     

     

     

    「たたり 神」

                                       2013年3月19日

     

      

     

    おばあちゃん あれは なあに

     

    あれは ゲンパツの お墓

    青い 袋の中には

    草や花や土や ミミズが 虫が ビセイブツが

    ホウシャノウと 一緒に閉じ込められ

    とてつもない ホウシャセンを あびながら

    袋の中で うめいている

     

    声が 聞こえるだろ 

    痛いよ 痛いよ 苦しいよ 苦しいよ

    あのものたちは わたしたち

    袋の中から 出されない

     

    ごらん 黒いゴムで覆って

    回りを鉄の板で囲んでいるが

    なあに いずれ あのものたちは 

    袋を食い破って外に出て

    たたり神となって 動き出すさ

    風になって 雨になって 

    けものになって 草になって

    米になって 魚になって 

    生き物の中に 忍び込む

     

    おばあちゃん たたり神は なくならないの

     

    あれは にんげんが 作ったものだからね

     

    お前は 遠くに行きなさい

    見たこと 起きたことを伝えなさい

     

    わたしは ここで たたり神をまつろう

     

    そして 考えなさい

    なぜ たたり神が生まれるのかを

     

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    • 2013.03.24 Sunday
    • 00:38
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      コメント
      関さん、獏原人村の満月祭における関さんの話を以下のビデオで使わせてもらいました。まだ非公開です。
      http://youtu.be/OMsmLJltzH4
      関さんの名前、タイトル問題ないかご確認ください。また最後に「たたり神」の朗読も使わせてもらいました。問題なければ公開したいと思います。
      • Masanori Oba
      • 2013/11/04 6:10 AM
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      プロフィール

      関ジョニー
      本名 関久雄
      岩手県生まれ
      港湾で働きながら神奈川県の夜学卒業。1977年からバイトとヒマラヤ登山に明け暮れる。  1983年、登山中の転落事故が人生の転機となり、東京「ほびっと村」で無農薬八百屋の見習い。1984年「八百萬屋(やおよろずや)」開業。  1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに脱原発運動に参加。各地で非暴力トレーニングを開催し、さまざまな反原発アクションを起こす。  1994年に福島県二本松に移住し、塾経営や社会福祉の仕事を経て、現在、自然体験宿泊施設NPO法人「りょうぜん里山がっこう」事務局長を務める。妻と子どもの6人家族。

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