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    病院にて

    • 2013.03.20 Wednesday
    • 22:44
     

     娘の手術をきっかけに書いた詩です。

     

     

     

    病院にて

              2013.3.10

     

     

    点滴 ポタッ ポタッ

    手術のマスイ 切れ

    痛い いたい と 娘の うめく

     

    前十字じん帯 断裂

    高校最後の バスケの試合で やっちまった

     

    痛いよなあ と 

    冷たい足先をさするが

    目は なんとなく のど元へ

    甲状腺に のう胞 A2との診断

    避難もしたし 西の野菜も食べさせた

    マスクは嫌がってたけどなあ・・・

     

    逃げた日に ヨウ素がいっぱい降ったって

    と 連れ合いがこぼす

    仕方ねえべ ガソリンはねえし

    南さ 所沢しか 行くとこ ねがったんだよ

     

    チェルノブイリの知見では 4年後と

    100倍にもなった フクシマの甲状腺ガンを否定する

    バカヤローの 医大

     

    ありがとう 温かくなったよ と 娘の言う

    そう 良かった 

    お父さんの手からは 気が出るんだよ

    足を さすりつ 祈ります

     

    おまえの

    いのちのちから 失せぬよう

    わたしに

    まことの やさしさ 宿るよう

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    • 2013.03.24 Sunday
    • 22:44
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      関さんの詩を福島バッジ・プロジェクトの方に紹介して戴きました。衝撃的な印象を受けています。私の知り合いに広めたいと思います。愛知県 マンテス北村
      • マンテス北村
      • 2013/03/21 12:40 AM
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      プロフィール

      関ジョニー
      本名 関久雄
      岩手県生まれ
      港湾で働きながら神奈川県の夜学卒業。1977年からバイトとヒマラヤ登山に明け暮れる。  1983年、登山中の転落事故が人生の転機となり、東京「ほびっと村」で無農薬八百屋の見習い。1984年「八百萬屋(やおよろずや)」開業。  1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに脱原発運動に参加。各地で非暴力トレーニングを開催し、さまざまな反原発アクションを起こす。  1994年に福島県二本松に移住し、塾経営や社会福祉の仕事を経て、現在、自然体験宿泊施設NPO法人「りょうぜん里山がっこう」事務局長を務める。妻と子どもの6人家族。

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