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    「いまだ青春の途上」

    • 2013.02.15 Friday
    • 23:29
     
    飛騨の高山に原発のお話をしに行ってきました。
    夜の交流会は子どもの本屋でカフェ、そしてライブハウスでもある
    「ピースランド」でした。

    古い高山の風情が残る町家を改装したお店で、ディラン、ジャズ、フォークと
    70年代のにおいがそこかしこに漂っていました。
    前日には70年代を代表するフォークシンガー、三上寛のライブがあって、
    明日は友部正人のライブがあるとのこと。
    友部さんは僕も横浜に何回か呼んだことがある。
    その間をぬって僕は自作の「神無月」を歌い、
    店主の中神さんは高田渡の「生活の柄」を歌ってくれました。
    しみじみとして良かったなあ。
    思えばいまも昔も変わらない。
    恋もするしさ。


    60過ぎてもいまだ青春の途上です。

     




    さて、次の詩は帰りの新幹線の中の母子を見て書いたもので、
    自分の少年時代とかぶったものです。

     

     

     

    「かなわないや」

     

    東にむかう 電車の中 

    子どもに ほほずりする お母さん

    自信に 満ちて

    それでいて どこか 色っぽい

     

    3・11 直後の新幹線は 

    子連れの母子で あふれてた

    家に だんな ふるさと しがらみ

    いろんなものを 後にして 

    西へ 西へ 遠く 遠くへ

     

    この 白髪 抜いてけろじゃ

    鏡を のぞき込みながら 母っちゃの 言う

    びん油の におい

    母の中にある おんな を感じて 

    いやだった 少年の わたし

     

    目の前の

    子どもを 抱っこする お母さん

    物思い に ふける

    わたしの目を キッと 見る

    おっと しつれい

    そこらが どこか かわいらしい

     

    母親 おんな 女神さま

    やっぱり 女のひとには かなわないや

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      プロフィール

      関ジョニー
      本名 関久雄
      岩手県生まれ
      港湾で働きながら神奈川県の夜学卒業。1977年からバイトとヒマラヤ登山に明け暮れる。  1983年、登山中の転落事故が人生の転機となり、東京「ほびっと村」で無農薬八百屋の見習い。1984年「八百萬屋(やおよろずや)」開業。  1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに脱原発運動に参加。各地で非暴力トレーニングを開催し、さまざまな反原発アクションを起こす。  1994年に福島県二本松に移住し、塾経営や社会福祉の仕事を経て、現在、自然体験宿泊施設NPO法人「りょうぜん里山がっこう」事務局長を務める。妻と子どもの6人家族。

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