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  • 2013.03.24 Sunday

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    佐渡「へっついの家」の冬の保養ワークキャンプのこと

    • 2013.01.07 Monday
    • 11:46
     

    12月27日から1月5日まで佐渡の保養センター「へっついの家」で
    古民家の改修と保養を兼ねたキャンプをやってきました。

    「へっつい」とはかまどのことです。

    さて、改修作業は水が出なかったり床が抜けたり、寒かったりと厳しかったのですが、とてもいい冬キャンプになりました。
    その内容は「福島サポートネット佐渡」http://saponet-sado.jugem.jp/でも紹介していますのでぜひ、ご覧ください。



    春休みのキャンプに向けたいい準備ができました。
    「へっついの家」改修のお金は助成金を申請していますが厳しい現実です。
    実現のためにぜひ、協力してください。
    (↓ご寄付はコチラです↓)
    http://saponet-sado.jugem.jp/?eid=33


    さて、「正月」というテーマで詩を書いてみました。
    いただいた年賀状を見ても、福島の今を反映してかごく普通の挨拶もあれば
    事故の影響を気遣ってくださる内容といろいろです。
    数も減りました。5分の一くらい。
    私の中では去年から正月気分はありませんが、佐渡では確かに伝統的で厳粛な気持ちにさせられる
    「お正月」がありました。

     

     

     

    お正月さま        

                                      

     

     

    みそかの佐渡の へっついの家の玄関に

    松と ゆづり葉のお飾り

    これで お正月様がいらっしゃる

     

    紅白を見たら 雪の道を大願時へ

    やがて始まる 除夜の鐘

     

    煩悩即菩提 色即是空 諸行無常

    ボンノウ ソク ボウダァイ 

    シキ ソクゼエ クウ

    ショゥギョウ ムゥジョゥオ

     

    悲しかったこと 楽しかったこと

    恨んだことや 喜んだこと

    無くしたことに 手に入れたこと

    何やかんやが浮かんだが

    ゴゥオーン の鐘の一発で 

    なあんも かもが吹っ飛んで 

    新しい年に切り替わる

     

    明けまして おめでとうございます

    いい年になりますように

    では よいお年を

     

     

    二本松の我が家では

    3・11のかけらが そこかしこ

    松飾りもないこの家に

    お正月様は 来てくださるのだろうか

     

    ひとり コタツで年賀状を見る

    その一枚に

     

    希望の芽が生まれる

    良い年でありますように 

    とあった

     

    お正月様は 来てくださったようだ

    「子ども・被災者支援法」ができました

    • 2012.10.31 Wednesday
    • 01:16
     

    6月に超党派の議員の取り組みで、
    「子ども・被災者支援法」が成立しました。

    福島原発事故の被災者を生活、教育など、さまざまな面で支援することが定められた法律ですが、その実質的な中身については市民と一緒になってまとめている段階です。

     
    そんな中、10月19日に参議院会館で院内集会がもたれ、
    私も参加してきました。

    この日は法律の整備を進める議員、市民、文科省の担当官、
    マスメディア関係者ら約200人が集まり、注目されたのは、
    伊達市冨野小で実施された「移動教室」の報告でした。

    伊達市の独自の予算で冨野小の5・6年生が新潟の見附市の学校を
    訪問し、野外活動や海やプールでの活動を行いました。

    しかし、その事業費、430万円には国の補助がなく、
    復興予算を使って欲しいとの呼びかけがあり、
    新聞でも報道されました。

    復興予算が福島に関係の無い所で使われて批判されたことは
    テレビでも報道されました。

    さて、冨野小の宍戸校長の報告は多くの共感を呼びました。
    私はこの話を聞きながら、多くの民間の個人、NPOの保養の取り組みの後押しがあって学校も動いたということなのだろうと
    思いました。

    私の働いてる里山がっこうでも、これまで3回の佐渡疎開キャンプを始め、最上保養キャンプ、長野飯綱高原キャンプ、青梅の杜保養プログラムなどいろいろ手掛けてきました。


    そして現在、「福島サポートネット佐渡」の仲間らと、
    佐渡に保養センターを作ろうと動いています。

    支援法ができたということは、保養事業に対して財源的な支援の道が開かれたということでしょう。

     
    本当に必要なこと、時代が求めていることをやっていけば道は開かれていくのだということを実感しています。

    サポートネット佐渡のホームページには保養センターづくり事業の紹介がありますので、ぜひ、ご覧になってください。

     

    ◇サポネホームページ

     http://saponet-sado.jugem.jp/

    私たちはどんな社会で誰と、どう生きたいのか

    • 2012.09.12 Wednesday
    • 02:35
     

    「佐渡キャンプ報告その2」


      疎開キャンプ=大きな家族



    子どもたちがお兄ちゃんたちとボールを追ってお寺の境内を走り回り、
    女の子たちが赤ちゃんに行水をさせている。
    それをお母さんたちがほほ笑みながら見つめ、台所で野菜をきざんでいた。
    宿坊の裏手の空き地ではおじさんがドラム缶風呂の火のつけ方や薪割りを子どもに教え、煙草をくゆらせながらそれを見守ってる。
    洗濯物を取り込んだ私は、木陰でしばらくギターをポロンと弾いていました。


     
    やがて、「ご飯だよ」の声。
    当番の子が正座して手を合わせ「いただきます」の合唱。
    お茶碗を洗ったら夜のミーティング。
    今日楽しかったことやは何?困ったことは?一通り話が出たら感想を書いて終わりです。後はお風呂と自由時間。9時半になればボランティアの兄ちゃんたちが、
    「こら、寝ろ!」と電気を消して回るが簡単に寝る筈も無い。
    でも、11時、スタッフミーティングが終わる頃にさすがに寝入ってる。

    外に出れば満点の星。

    佐渡のスタッフと「明日のドンデン山」晴れるといいね」と言葉を交わして一日が終わる、こんな2週間でした。


     


     誰とどんな暮らしがしたい?


    キャンプは福島と佐渡の大人と子どもが一緒になって創った
    「大きな家族」のような場でした。

    自然の中で土や草や空気を気にしないで思いっきり遊べたこと、
    保養して元気になったこと、いろいろな暮らし方があることを知り、支えてくれる人や友だちがいることが体験できたことが財産だと思います。
    そこから避難にもつながるかもしれないし。


     
    昨年、保養事業を考えた時、同時に原発を必用としない暮らし方や、
    エネルギーやエコロジーを学べる場も欲しいと思っていました。
    保養と学校、それと老人ホームのようなものと組み合わせられないかと。

    私はもう60歳を過ぎ老人の仲間です。
    自分の残された時間の使い方を計算しなくてはならない。
    福島では震災、原発事故で避難所、仮設、借り上げと転々とせざるを得ない人が
    大勢います。
    そんな中、生きる希望を失って家に戻って死ぬ人もいます。
    私の家族も米沢、会津とばらばらです。
    強いられた流転の人生を歩まなければならないのであれば、
    何か夢や希望を持って生きていきたい。
    家族を守りながら、自分達をこのような状況に追いやった原発を無くす
    活動や保養を行う。
    それに、「終の棲家」や「幸せな最後」をつけ、最後は仲間と子どもたちに看取られる私の「幸せな死」をイメージしていたのです。


     


    「送り人」は誰?


    こんな私の「ビジョン」を佐渡のHさんに話したところ、
    「私はキャンプに参加した子どもを看取ることもあるかもしれないと思っているよ」との話にショックを受けました。
    考えてみればチェルノブイリ事故後、多くの子どたちが大人になる前に死んでいます。老人が子どもや孫に看取られ旅立っていくのではなく、子どもが親や年寄りに看取られながら死ぬという現実に私たちは立ち合わされるかもしれません。

    私はそれを受け入れられるだろうか、私は送り人になれるだろうか・・・。


     
    福島でがんばろう、とか、ここにいても大丈夫だよと
    福島に留め置く動きがあります。
    本当に大丈夫ならいいのですが、「2015年クライシス説」のように
    4年後に恐ろしい事実が次から次と起きて、初めて人は立ち上がるのかもしれません。
    保養で辛いのは、最終日、明日は福島に子どもたちを帰さざるを得ないと思うこと
    です。
    「お父さん,お母さんはみんなのことを守るからね」と話すのですが、
    いつも胸がつまってしまいます。


     
    「保養」は入口であってゴールではありません。その活動を通して、人とひと、人と自然が共に生きられる暮らし方を探るきっかけだと思います。

    そんなことを詩にしてみました。読んで下さってありがとうございます。


     


     


     


     「幸せな死」     (2012、9、3)


     


     


     「20ミリシーベルトでも大丈夫」


     


     そんな声を尻目に 佐渡へやってきた


     海で泳ぎ、草や土に寝転ぶ子どもたち


     大きな子は小さい子を


     お母ちゃんはご飯を 父ちゃんは風呂を


     それぞれの役割をこなす 僕らは大家族


     


     「空、青く 子どもの遊ぶ声 


     死ぬにはいい日だ」


     


     老人の仲間入りをした僕は


    古いインデアンの言葉をつぶやく


     すると ナリイがこう言うのだ


     


     「保養の子どもを


     看取る日が来るかもしれない」


     


     一瞬、ベラルーシの病室の


     青白い子どものたちの顔が浮かび 


     僕はうろたえた


     


     おい、順番がちがうだろ


     おれが先に逝って 


     子どもたちを 


     迎えに来なくちゃいけない


     違うか!


     


     チェルノブイリの教訓は


     年寄りの私が 大人にならないままの


     ユイやリオやミノーやレンの


     野辺の送りを 


     お前がやるのだと教えている


     家族や友だちに看取られる 


     「幸せな死」


     それを子どもたちに渡せるだろうか


     


     「20ミリシーベルトでも大丈夫です」


     と誰かが言う 


     


     でも 放射能は


     そう言うあなたにも 降ってくるんですよ


     だから 原発はいらない


     あなたにも 


     原発はいらない

    「佐渡キャンプは大家族のようなキャンプでした」

    • 2012.09.12 Wednesday
    • 02:22


     8月21日に2週間の佐渡夏の疎開キャンプを終えて帰ってきました。
    お世話になった方々に改めてお礼申し上げます。

    ところで、キャンプの中盤から昨年、痛めた「頸椎間板ヘルニア」が再発し、
    帰ってからも4日ほど痛みで寝込み、今も苦しんでいます。
    これも放射能のせいだろうと思っていますが、疲れ、ストレスなどで弱いところに
    くるのでしょう。幸いなことに「快ヘルプ」の橋本さんらを始めとする皆さんからの応援で大分、回復してきました。



      



    「こどもたちと原発のことを話しました」



     これまでキャンプの最後に必ずやってきたのは、
    「福島原発事故についてどう思ったか」の話し合いです。
    「何で佐渡に来たかわかる?」とか、「事故で思った悲しかったこと、嫌だったこと、あるいは良かったと思うこと、何でもいいよ話して」と思い聞いてきました。

    今年の夏の参加者は小学校1年から中学2年生まで比較的に少ない人数で、
    1年半近く経っているし、あえて原発事故のことを聞くのはどうか、との意見や、
    記録を残すためのやらせみたいにはしたくないねといった意見が出ました。
    しかし、私や佐渡のHさんは原発事故のことを抜きにしては疎開キャンプはあり得ないのだからやろう、意見が出ても出なくてもどう感じているかを投げかけよう、
    ということでやりました。



     今回はやり方を工夫してワークショップ形式にしました。
    大きな模造紙を広げ、大人たちが子どもたちにいろいろ質問して出た言葉を書き出していきました。最初は嫌だ、言いたくないという子もいましたが、後半は予想に反してたくさんの言葉、感想が出ました。
    外遊びができないこと、
    食べ物を気をつけていること、
    福島にくるとマスクをつける子など。



    「この中でホールボディカウンターを受けた人」と聞いたら、
    「ハイ、ハイ」と殆どの子が手を上げ、中には3回受けた子もいました。

    悲しかったできごとには友だちの転校を上げた子が多かったです。
    それも、「みんな黙って出て行った」という話には胸がつまりました。
    最後はファシリテーターのGさんが壁に掛けられた紙を見ながら意見を紹介して
    明日の交流会の時に佐渡の人に発表しようということで終わりました。



     
    次の日の佐渡の人との交流会の席で、模造紙を紹介しながら生の福島の現実を話してもらいました。中学生のM君は「原発は無いほうがいい」と自分の意見を述べました。始めて福島の話を聞く人もいて、ボランティアの若者は「泣きそうだった」と感想を言ってくれました。
    最後は手作りの楽器を持ち寄って「世界中のこどもたちが」を全員で歌い感動の嵐に包まれました。



     



     私が保養、疎開キャンプを通して伝えたいことは、
    安心して遊べる所があること、
    助けてくれる友だちや大人がいること、
    大家族のような暮らしを通してどんな暮らしがいいかを感じてほしいこと、
    何からでも、問題があることからでも学べること・・・などなどでしょうか。

    9月の佐渡キャンプの報告会にお時間がある方はぜひ、ご参加ください。
    私たちが探ってきた「保養、疎開キャンプ」から何か次の保養のあり方や
    避難、福島で暮らすためのヒントがあるかもしれませんし、
    私たちも次の新たな保養事業の形を見出したいです。
    次は通年型の保養施設の建設にいきたいですね。



    「佐渡報告会のお知らせ」(9月29〜30日)
     



     佐渡キャンプの報告会を9月29・30日に「りょうぜん里山がっこう」で
    泊まり込みで行います。
    小中学生は「ふくしまっ子」の制度を使いますので宿泊費や体験費は無料です。
    キャンプの参加者でなくても参加できます。
    定員は20名ですので希望者は
    里山がっこうの電話、024−587−1032か、
    関のケータイ080−5227−2110へ
    9月7日までにお申し込み下さい。これは名簿提出のためです。
    有料でも構わない子どもさんや大人の方は25日までで大丈夫です。

    ※アップが遅くなってすみません。

    「福島ー佐渡 子ども保養キャンプ」の報告

    • 2012.08.18 Saturday
    • 14:11
     8/7〜8/21まで開催中の、福島子ども保養キャンプ。
    ご協力頂いたみなさま、ありがとうございます。
    まもなくキャンプも終了しますが、受け入れ団体である「福島サポートネット佐渡」の
    ブログをご紹介いたします。

    ブログ ⇒ http://saponet-sado.jugem.jp/

    関からの報告はもう少しお待ちください。(もう、いっぱいいっぱい!)
    肩が痛くて困ってます・・・。涙。

    青梅の杜の保養事業

    • 2012.07.30 Monday
    • 22:59
      原発事故以来、全国各地で、避難の受け入れや保養の申し入れが相次いでいます。本当にありがたいことです。その保養事業の一つに「青梅の杜の保養事業」というものがあります。宗教法人の真如苑という団体のご好意で、毎月、青梅で福島の家族20名余りを保養に招待して下さっています。私の働いている里山がっこうがその受け入れ業務を委託させてもらってます。ホテルの宿泊費や交通費も出て、ベルデという環境NPOの体験活動もあります。それ以外は自由プランで人気の高い企画で10月まで続きます。今回、7月27〜29日の保養事業に添乗員として行ってきました。楽しそうな家族を見て保養を詩にしました。



    「青梅の杜に行ったよ」

     

    浴衣を着て
    大浴場に行く
    窓から 多摩川の青い流れと
    青梅の深い緑が見える

    保養に来させてもらいました
    きょう、明日、あさっては
    のんびり ゆったり過ごします

    あさっての夜には
    放射能の濃い 我が家に帰る
    でも 今だけは 忘れてる
    今だけは 普通です

    こんな暮らしがやっぱり いいな
    助けてくれる 人もいるしな

    吊り橋の向こうには
    手を降る人の姿が見える

    ゆれる ゆれる 
    私も ゆれる

    佐渡・夏の疎開キャンプのご案内

    • 2012.07.14 Saturday
    • 22:35

    「佐渡・夏の疎開キャンプ」は立ち上げたばかりでまだ定員に余裕があります。
    部分参加も可能です。もちろん、県外でも親子でも参加okです。

    福島から私を始めとするスタッフが同行し、佐渡を始め京都や横浜からの
    経験豊かなスタッフの参加も魅力の一つです。
    (難点は今回は参加費が少々高いことです。ごめんなさい。)

    そして、特徴的なのは、毎日のミーティングと感想書き。
    掃除、洗濯から参加者の面倒を見たり等さまざまな体験をし、
    集団の中でどの子も成長していくプロセスを大切にしていることです。

    夏休みの予定が決まった方も多いと思いますので、
    友人知人にご紹介いただければ幸いです。



    「佐渡・夏の疎開キャンプ」


    ・期日:8月7日〜21日(14泊15日但し、部分参加可)

    ・場所:新潟県佐渡市・羽茂カルトピアセンター及び、真野 大願寺宿坊


    ・目的:(射能の低い所で思いっきり体を動かし元気をつける。
        △い蹐鵑文鯲、体験を通して成長する。


    ・内容:生活体験、海水浴、カヌー、バナナボート、自然観察、10キロラリー、
        学習、交流活動、散歩などなど。


    ・条件:自分で参加を決めること。友だちと仲良くやれること。
        身の回りのことができること。


    ・対象:基本、小学生から高校生。乳幼児は保護者、障がいのある人はサポートがつ
        けば参加可。要相談。


    ・費用:29、500円(部分参加は日割りで計算します)


    ・主催: NPO法人りょうぜん里山がっこう
        (キャンプコーディネーター:関久雄080−5227−2110))


    ・共催:福島サポートネット佐渡
        (キャンプコーディネーター:原田雅代090−6625−4022)


    ●問合先:りょうぜん里山がっこう ☎024−587−1032
                    もしくは、関の携帯 080−5227−2110まで

    これまでのキャンプの詳細が載っています。

    http://saponet-sado.jugem.jp/

     

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    プロフィール

    関ジョニー
    本名 関久雄
    岩手県生まれ
    港湾で働きながら神奈川県の夜学卒業。1977年からバイトとヒマラヤ登山に明け暮れる。  1983年、登山中の転落事故が人生の転機となり、東京「ほびっと村」で無農薬八百屋の見習い。1984年「八百萬屋(やおよろずや)」開業。  1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに脱原発運動に参加。各地で非暴力トレーニングを開催し、さまざまな反原発アクションを起こす。  1994年に福島県二本松に移住し、塾経営や社会福祉の仕事を経て、現在、自然体験宿泊施設NPO法人「りょうぜん里山がっこう」事務局長を務める。妻と子どもの6人家族。

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