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    「いい年、と言われても」

    • 2012.12.27 Thursday
    • 01:20
     

    「いい年、と言われても」

    息子が中二の時に言われた

    お前の父ちゃん 

    郡山の駅前で歌っていたって

    学校で言われた

    やめて チョー 恥ずかしい

     

    二十四になった息子に言われた

    また 新聞に載ったんだって

    やめて マジで恥ずかしい

    いい年をして 迷惑なんだよ

     

    昔なら やかましい と言えたのに

    今はだまって外に出て

    空を見上げて ため息をつく

     

    わかってくれ とは言わないが

    おれが 道ばたで歌うのは

    いい年をして と言われても

    俺が 土を東電に運ぶのは

    おれとお前に降りかかる

    放射能をなくすため

    お前がお前であるように

    おれが おれであるためだ

     

    わかってくれ とは言えないが

    お前の親父のわがままは

    死ぬまで

    おれでいたいのだ

    「行進の詩」

    • 2012.06.25 Monday
    • 23:10
     

     ジャズメンの稲ちゃんが
     太鼓抱えてやってきた
     絵描きのとおのくんが 
     絵を担いでやってきた
     鏡石から白河まで 
     てくてく どんどん てくどんどん
     まりっぺがユーなんたらで中継を始めた
     ついでに線量も計ってる
     白河も線量、低くねんだよなあ
     電信柱の下で4マイクロシ−ベルト!!
     たまってんだね ホウシャノウが
     忘れてた リュックの中には
     入ってんだ ホウシャノウが
     白河駅では竹内さんとアサーンさん
     oさん一家がお出迎え
     皆さんは私のセーフティネット  
     今夜、お世話になります 

    「助っ人 スギさん」

    • 2012.06.17 Sunday
    • 23:16
     「助っ人 スギさん」



    雨だなあ、足も痛いなあ・・・

    聞こえないふりをしてスギさんは車を走らす

    「郡山、到着です」

    覚悟して僕は歩きだす

    傘をさして てくてく 東京をめざして てくてく

    「がんばって!」の女性の声!

    一瞬、背筋が伸び、また丸くなった

    3キロ先でスギさんが待っていた

    「代わりましょうか」

    ダンボールの看板を背負って

    スギさんも てくてく てくてく

    それから二人で てくてく てくてく

    須賀川を過ぎ、鏡石に入ったところで終了

    雨でダンボールの看板は ヨレヨレ

    ほんとに、ごくろうさまでした

    帰りは銀河のほとりで美味しいランチ

    スギさんはそのまま石巻のボランティアへ

    毎月、行ってるんだって すごいなあ

    弱腰の僕の背中を後押ししてくれた

    助っ人のスギさん ありがと

    声かけてくれた皆さん いっぱい、ありがと

    「看 板」

    • 2012.06.17 Sunday
    • 23:15
     「看 板」



    ダンボールにマジックで

    「原発いらない、子どもを逃がせ」と書いた

    リュックにくくりつけて どっこいしょと歩き出す

    4号線を南にてくてく 東京に向かっててくてく

    国と東電に向かって てくてく てくてく

    背中には死の灰がある

    誰かが車のドアを開けて「がんばって!」

    後にも先にもこれっきりだが

    皆、心の中では 手を振っているんじゃないか

    4号線の線量は0.6ありました

    やたら大きな草もありました

    4号線は早い流れの河のようで

    止まる事やゆっくり進むことは許されない

    まるで僕らの暮せらしのようだ

    4号線をてくてく マスクをつけて てくてく

    4時間歩いて郡山

    ここでようやく看板を降ろした

    夕べ 首相官邸前に1万1千人集まったんだって

    でも 新聞には載ってないんだって 

    フーン 本当のことはすぐに伝わるのにね

    ささやかな私の脱原発行進

    明日は須賀川に向かいます

    「うらやましい」

    • 2012.06.16 Saturday
    • 22:22
     

    「うらやましい」  作詞 関久雄



    私はみなさんがうらやましいです。

    マスクをつけずに空気を吸えることが。
    私はうらやましいです。
    家族や友人や地域の人と別れずに暮らせることが。
    私はうらやましいです。


    普通に野菜や魚、お米が食べられ、水が蛇口から飲めることが。

    山や川で遊び、グラウンドをかけ回り、
    虫や犬や草や木にふれることができる。

    春は山菜をいただき冬には薪(まき)で暖をとる。

    落ち葉やわらでたい肥をつくり自然と共に暮らしていける

    「当たり前の暮らし」がうらやましい。


    私はみなさんがうらやましいです。



    子どもをたった一人で見知らぬ土地に送り出さなくてもいいことが。

    避難をめぐって、「そんなこど、やっこどねえ!」と言い争い、

    家族がバラバラになることがないこと、

    家族、友だち、ふるさとを捨てなくてもいい暮らしのあることが。


    でも、うらやましがっていても詮(せん)ないことです。

    私と私の家族はそんな道を進んでいくしかありません。
    どうか、できるところでかまいません。福島を助けてください。
    そして、原発を止める動きに立ち上がってください。

    なぜなら、この日本列島に暮らす限り震災は免れません。


    そして原発事故に備えてください。

    家具は倒れないように。
    ガソリンや水、食料、合羽を用意してください。

    どこに逃げたらいいかを考え、線量計を用意してください。


    必ず地震は起きます。10年後かもしれないし明日かもしれません。誰の上にも放射能は降ってきます。
    だから支え合う仲間とつながってください。

    あなたとあなたにつながるすべての人を守るために、
    福島の教訓を生かしてください。





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    プロフィール

    関ジョニー
    本名 関久雄
    岩手県生まれ
    港湾で働きながら神奈川県の夜学卒業。1977年からバイトとヒマラヤ登山に明け暮れる。  1983年、登山中の転落事故が人生の転機となり、東京「ほびっと村」で無農薬八百屋の見習い。1984年「八百萬屋(やおよろずや)」開業。  1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに脱原発運動に参加。各地で非暴力トレーニングを開催し、さまざまな反原発アクションを起こす。  1994年に福島県二本松に移住し、塾経営や社会福祉の仕事を経て、現在、自然体験宿泊施設NPO法人「りょうぜん里山がっこう」事務局長を務める。妻と子どもの6人家族。

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